院長先生:有川 崇(ありかわ たかし)
経歴
新潟大学歯学部歯学科卒業
福岡・東京の開業医勤務
医療法人社団立靖会 ひまわり歯科高円寺 訪問歯科診療部勤務
医療法人社団立靖会 らいおん歯科水道橋 院長
目次
- なるべく「気を遣ってもらわないように」しています
- 急患の依頼は「入れ歯が壊れた」が多い
- 出身は長崎県です
- 実際の訪問現場でのエピソード
- かかりつけ医に手紙を書きます&「医科歯科連携」大事にしています
- 院長先生からメッセージ
1.なるべく「気を遣ってもらわないように」しています
―(同医療法人ひまわり歯科高円寺での訪問診療後にインタビューしました)今日は何件くらい訪問されたのですか?
今日は12件ですね、多い時は15件くらい行きます。
―車で訪問歯科に行くそうですが、都内の道路は混むし、車を停めるのも大変ですよね。
駐車場を探すのに手間取ることもありますね。
また、マンションがオートロックなこともありますし、高層階ですとお部屋に辿り着くのに時間がかかることもあります。
―だいたい何名で来るのでしょうか?
3名です、歯科医師と歯科衛生士とコーディネーターの3人です。
―訪問の際「うち、散らかっているけど大丈夫かしら?」「狭いけど大丈夫かしら?」と心配する方もいると思います。
なるべく「気を遣ってもらわないように」はしています。
―あ、「気を遣ってもらわないようにする」ですね!
患者さんやご家族が「特別に準備するものはありますか?」と聞かれますが、
「コチラがすべて持っていきますので、準備してもらう道具はないです。」とお答えしております。
保険証など書類の準備はお願いしますが、基本的にはこちらで準備します。
―独居の方、ご家族の方がいらっしゃる方の割合は?
ご家族のいる方の方が多いですが、独居の方のおうちにも伺っています。
―寝たきりの方も多いのですか?
いらっしゃいますね。おおよそ三分の一くらいですかね。
お口から食べられる方も食べられない方もいらっしゃいますし、うがいができる方もできない方もいらっしゃいます。
―お口から食べられないということは、胃ろうということでしょうか?
胃ろうの方もいらっしゃいますし、経管栄養の方もいらっしゃいます。
2.急患の依頼は「入れ歯が壊れた」が多い
―急患の対応も出来るとのことですが、当日急に来てもらうのは気が引けますが大丈夫なのですか?
出来るだけ対応したいと思います。
1回だけで確実に主訴(しゅそ:患者さんが一番治してほしいこと)を改善できるとは限りませんが、まず行ってみて、直接拝見してどういった治療を希望されているのか?こちらでどこまでできるのか?をすり合わせをしてやっていきます。
―急患の方の主訴は?
痛みとか、腫れたとか、歯が折れた、差し歯が取れた、入れ歯が壊れた、などです。
―入れ歯が壊れるんですか?
はい、落として割ってしまったり、硬いものを噛んで割れてしまったりとかですね。
プラスチックで作っている入れ歯は、床が硬ければ落とすと割れることもあります。
使っているうちに、経年的に劣化して弱ってくることもあります。
そういった場合は応急処置でひとまず使えるように修理します。
―どうやって修理するのですか?
割れた部分を入れ歯の材料に固定したり、必要であれば金属の棒を中に埋め込んだりします。
―なるほど。応急処置のテクニックの引き出しが、いっぱいあるんですね!
訪問の場合、一通りのことに精通していないと出来ることが限られてしまいます。
壊れた入れ歯をその場で治す場合は、30分前後掛かりますね。
入れ歯を食事で使っている方は、割れたらお食事できないのでなんとか修理します。
「痛み」や「腫れた」は、服用中のお薬との兼ね合いもあるのでお医者さんと相談しないといけない部分もあり、一概に全部対応出来るとは限らないのですが、お体の状況を考慮して出来る範囲でやっています。
―認知症の方でも大丈夫なのでしょうか?
基本的には普通の方と同じように話しかけるところから始まります。
こちらをある程度認識する方もいれば、全くわからない方もいます。
毎回同じことを言われることもありますけど、粘り強く話に合わせながらやっています。
キーパーソンの方がいれば、そちらとも連携させて頂いております。
3.出身は長崎県です
―家族にとって本当にありがたいです。ご出身はどちらですか?
長崎県です。
患者さんに九州出身の方もいらして・・・まだ関東に来て6年なのでイントネーションで分かるみたいです。(笑)
長崎を旅行された方もいて、話に花が咲くこともありますね。
また、大学が新潟だったので、学生時代に車で東北一周しました。
新潟から、福島に行って、青森の友達のところに泊まって、グルーっと1周回りました。
若い時にやっておいてよかったと思います、今は行けないですよね。(笑)
そういう寄り道した経験は、よく覚えていますね。
―何が一番おいしかったですか?
友達と飲んだお酒ですかね。
―いいこと言いますね、先生!今度はどうして歯医者さんになろうと思ったか?どうして訪問歯科を選んだか?を教えてください。
医療系に携わりたかったのです。
前職の歯科医院では、外来と並行して訪問もやっていた時期が長かったのですが、「訪問の方がやりがいがあるな」と思いました。
直接感謝されることが多く、外来の歯科よりはよく思ってもらえることが多いですね。
4.実際の訪問現場でのエピソード
―今までの訪問歯科で嬉しかったことは?
最近ですが、寝たきりだった患者様に入れ歯を作ったところ、食事が摂りやすくなったからか凄く元気になられて、外出が出来そうな勢いになりました。
もともとは上下とも入れ歯がなかった方です。
―入れ歯がない??
入れ歯を作ったけど使わなかったのか、使わない時期が長かったのか分からないですが、僕が行った時はなかったのです。
入れ歯がイヤで入れなくて失くしてしまうケースは、認知症の方では結構あります。
ご主人から「入れ歯を入れたらどうか?」という依頼をいただいたのですが、入れ歯が入ったら奥様が急に元気になってビックリしました。
献身的なご主人さんでしたが、その過程を見ていて楽しいし、やりがいがあります。
また、認知が強い方が入れ歯を入れて噛むことで反応がしっかりしてきたということもありました。
喋れなかった方がしゃべれるようになったり・・。
外来では見えない「生活が変わる場面」を目の当たりに出来るのが嬉しいですね。
―社会的意義がありますね。介護状態になると外出が難しくなり、社会との接点が減ります。先生や衛生士さんが来て、お話ししてご家族がホッとしている感じはしますか?
あります。ご家族の方で質問される方も多いですし、僕らが行って話をすることでいろいろな不安や悩みを打ち明けてくださいます。
定期的に訪問することで打ち解けてきますね。
―外来もそうですが、次の患者さんがいるので余計なことをお話ししていいのかしら?と思います。
(はっと気が付いた感じで)そうなんですね。
そこは全然遠慮せずに・・・どちらかというと僕の方から世間話などをしていきますので、それで向こうも話しやすくなってくれればいいんですけどね。
歯のこともそうですし、最近だったら野球の話をすると、普段喋らない方も話をしてくださって。
そうなると、歯のことも聞きやすくなってきます。
話しやすい雰囲気を作ることからなるべく意識して・・・回り道ですけど、最終的には患者様もいろんなことを話してくれるようになります。
最初は「痛い」と言ってなかったけど、「実はここがちょっと痛いんだよ」など。
向こうは「わざわざ言うことじゃない」と思っているかもしれないけど、だんだん打ち明けてくれますね。
訪問の時間は20~30分ですけど、その間の半分くらいは話しますね。
最初の信頼関係を得られていない時には、なるべく話すようにしています。
スタッフが治療の準備をしているときは僕がしゃべりますし、僕が入れ歯の調整をしているときはスタッフが話したりして、常にコミュニケーション取るようにしています。(笑)
初診は気を遣いますが、ある程度行き慣れた方だと家族のようにまでとは言いませんが友達のような感じで「今週はどうでしたか?」と話すと、あちらも深い話をしてくれるので嬉しいですね。
―訪問が好きな先生は、患者さんのバックグラウンドを聞くことを楽しんでいるんだろうなと思います。
ご病気もそうですし、ご家族との関係もそうですし、治療だけという感じではないですね。
もっとトータルで診る・・・抜歯をする場合はお薬や体調面のことなど聞かなきゃいけなけないので、いろいろなチェックが必要です。
こちらもあちらも複数人で対応することを意識して、お医者さんや看護師さんやヘルパーさんと連携を取りながらやっています。
5.かかりつけ医に手紙を書きます
―抜歯だと、かかりつけの先生とやり取りすることになりますか?
初診の患者さんは、抜歯等の処置をするかしないかに関わらず全員、かかりつけ医に手紙を書くようにしています。
―かかりつけ医に手紙、ですか?
はい、「今度から訪問歯科に入らせていただくことになりますが、何か注意事項ありますか?」と手紙を出します。
ケアマネージャーさんやヘルパーさんには初診時になるべく同席してもらって、患者さんの話を直接聞いて、情報集めをします。
当院の事務方でも、最初に感染症がないかなどチェックした上で僕らは伺うようにしていますので、そういう点は周りがしっかり連携出来ていると思います。
お医者さんには「薬を出していいか?歯を抜いていいか?抜歯後に悪影響を与える薬を飲んでいるか?」など聞きます、注意は十分にしないと危ないので。
―それは、どの訪問歯科の先生もやっていることですか?
当院は初診時に手紙を出すのが決まりになっていますので、当院ではどの先生もやっています。
そうすると、体調が急変したときに対応が早く出来ます。
急変した時に手紙を出しても間に合わないんです、患者さんを守るためにやっています。
―心強いです!何もなくても、初診時にかかりつけ医へ手紙を出すのですね?
入れ歯の調整とか、虫歯の治療とか、抜歯の可能性があります、等の手紙を出します。
チェック式で書けるようになっているので、それプラス聞きたいことは書き足します。
―医科とのやり取りもある上に、訪問看護師さんなどともやり取りがある・・・「医科歯科連携」が出来ているのですね。歯医者さんも、身体全体の事が分かっていないとならないんですね。
特に観血的(かんけつてき)処置・・・血が出るような処置や麻酔など全身的なことが絡んできます。
訪問の場合、患者さんは高齢者の方なので全身的なことは一通り勉強しました。
―歯医者さんが全身のことまで診るのは大変じゃないですか?
やりがいの方が大きかったですね。
日本もどんどん高齢化が進むので、訪問はこれからやることが沢山あります。
ご依頼はすごく多くて、新しい患者さんも急患も絶えないですね。
―先ほども患者さんをお待たせしているというお話を聞きました。
今は高円寺ですが(インタビューは2023年3月)、らいおん歯科水道橋の開業によってお待たせしていた患者様にもより早く対応できるようになると思います。
―歯医者さんって、全身のことをどこまで理解してくれているのでしょうか?
一般的な病気は分かりますが、初めて診る病気の時は結構調べますね。
高血圧や脳梗塞だと、どういう薬を飲んでいるか?はすぐに分かりますが、わからない病気の場合は医師にアドバイスをいただくこともあります。
それも含めて、患者さんのかかりつけのお医者さんに手紙を出して確認します。
特に抗生物質や痛み止めのことは早めに聞くようにしています、後々出すようになって聞かなくてもいいように。
―転ばぬ先の杖ですね。脳梗塞の患者さんは、結構いますか?
既往症が脳梗塞と心筋梗塞の方は多いですね。
脳梗塞、心筋梗塞の方は血液サラサラの薬をほとんど飲んでいますし、不整脈の方はペースメーカーを入れている方もいます。
病気の為、口を開け続ける事ができない方もいらっしゃいます
出血が止まらない場合は圧迫止血(あっぱくしけつ)をして、縫合(ほうごう)するのですが、患者様が認知のために長く口を開けていられない場合はチームで協力し、お体の補助をしながら止血を行います。そのためどういった場合でも対応できるように準備をしていきます。
例えば、僕が次の日に休みでも他の先生にSP(消毒)に行っていただくこともできます。
抜いた日から次の日までの間が一番危ない・・・その間に腫れや感染、痛みがひどくなるなどのリスクがありますので、チェックしに行ってもらって必要なら傷口を消毒してもらったりします。
そして、1週間後に様子を診ます。
医療法人が大きいので、複数人の先生がいて対応しやすいのです。
万が一、翌日痛みがあったら急患で誰か行く事ができます。
1人でやっているとなかなかそういう訳にもいきません。
自分は自分の訪問のルートが決まっているので、全然違う場所で呼ばれると対応が遅くなってしまいます。
高円寺では、6レーン7レーン毎日訪問しております。
―6レーン7レーン?
ルートがあるんです。
今日は、中野区から始まって豊島区、文京区、中野区に戻りました。
そのルートだと例えば三鷹などの方面で急患が出たら行けないじゃないですか?
日によって違いますが、成増や練馬まで行くこともあります。
当然僕が行った患者さんは僕が診たいですが、遠くだと難しいので近くに行っている先生に診てくださいとお願い出来ます、それは多い人数でやっているメリットです。
実際、今日行った患者さんのうちの2人は、他の先生から依頼された患者さんでしたね。
―なるほどそうなのですね。得意な治療は?
入れ歯を作ったり調整したりするのが好きですね。
食生活を変える事ができ、目の前で結果が出るので面白いです。
6.院長先生からメッセージ
―来てもらうのも申し訳ないと思っている方もいると思います。悩んでいる患者さんにメッセージお願いします。
気を遣ってくださる方もたくさんいらっしゃいます。
まずは1回、呼んでください、診せてください。
助けになりたいと思っています、それが仕事です。
今より、良くしたいと思います。
80~90代の方だと「今は歯医者さんがこんなことをする時代なのね」と結構言われます。
その方々が若かったときは、歯医者はふんぞり返っていたのでしょうね。
歯科業界にいると訪問歯科は当たり前ですが、世間の当たり前ではないですよね。
そういう意味では、ケアマネージャーさんと連携を取っておくことは大事です。
ケアマネージャーさんの提案で、患者さんを紹介してもらうこともあります。
「ケアマネさんから歯医者さんが来てくれると聞いて、びっくりした」と言われます。
紹介していただいたら喜んでいきますので。
インタビュー:2023/3/28
取材後記
高齢の方を自宅で診るためには、確認することがいっぱいあるんだということを知りました。
リスク回避のために、初診時にお医者さんに手紙を書くということが驚きでした。
歯科だけではなく医科の知識も豊富でないとならないと思います。
また入れ歯を作る過程も、細かく、かつ分かりやすく説明してくれました。
入れ歯は歯科用語で「義歯(ぎし)」と言いますが、話の中で1回も義歯という言葉は出てきませんでした。
「観血的治療」などの専門用語を使っても、必ずそのあとに内容を説明してくれました。
話しぶりは本当に優しく、話を聞いてくれそうな先生だなと思いました。
また、お国言葉のイントネーションに気分がホッコリしました。